『ハクソー・リッジ』の感想「日本人の受け止め方」に関するメル・ギブソンの発言と「残酷な戦場描写?」「日本人の描き方」の真相

『汝、殺すなかれ』とは、ユダヤ教・キリスト教の戒律であると同時に、人類の普遍的な倫理観です。ところが、人類は平和を実現する為として数多くの戦争を戦い、人を殺してきました。ただ、この矛盾を受け入れることを良しとしないまま、戦地に赴いた兵士がいたのです。彼の名はデズモンド・ドス。この実在した衛生兵の闘いを描いた映画が『ハクソー・リッジ』です。

一部で話題になっている沖縄戦での「残酷な戦場描写」「敵である日本人がどのように描かれているのか?(反日的な映画ではないのか?)」といった点が気になっている映画ファンも多いと思います。今回は主にそうした部分に焦点を当てると同時に、『ハクソー・リッジ』の2017年6月24日の日本公開を可能にしてくれた配給会社についても触れてみたいと思います。

『ハクソー・リッジ』のあらすじ

配給会社が提供しているあらすじです。バランスのとれた良いあらすじだと思います。

第2次世界大戦中、デズモンド・ドス(アンドリュー・ガーフィールド)は軍に志願したにも関わらず、上官の大尉(サム・ワーシントン)や軍曹(ヴィンス・ヴォーン)たちの命令に反して、銃を持つことを拒否する。子供時代の苦い経験から、人を殺めることを禁じる宗教の教えを固く信じていたのだ。さらに、毎週土曜の安息日を主張したこともあって、上官や同僚(ルーク・ブレイシー)は彼につらく当たり、遂には軍法会議にかけられてしまう。妻(テリーサ・パーマー)と父(ヒューゴ・ウィーヴィング)の助けにより、裁判の結果、デズモンドは武器を持たずに戦場に赴くことを許され、希望していた衛生兵となることができた。

1945年、デズモンドの部隊は沖縄へと派遣され、150メートルもの絶壁のある“ハクソー・リッジ”(前田断崖)での戦闘を命じられる。一度は断崖領土を占領するも厳しい戦況に米軍は退却を余儀なくされる。その最中、負傷した仲間たちが取り残されるのを見たデズモンドは、たった一人で戦場へ留まることを決意する。その夜に「もう一人…もう一人…」と呟きながら敵の日本兵すらも治療を施す。救出した兵士の数は75人にも上り、中には彼を冷遇していた上官もいた。無事に帰還して来たデズモンドの部隊に再出撃の命令が下る。しかし、その日は安息日に当たっていた。今や隊からも一目置かれ、士気を大きく左右する存在になっていたデズモンドが下した決断とは… (引用元:公式サイト

映画の前半は主人公の子供時代から、軍隊に志願し、訓練を経た後で太平洋戦線に派遣されるところまでが描かれ、後半は沖縄戦を描きます。

このあらすじからも明らかなように、デズモンド・ドスが闘ったのは敵兵だけではありませんでした。信仰心に対する自分自身の心の揺らぎ、自分を排除しようとする軍隊、家庭に不幸をもたらした父親との闘いでもあったのです。

『ハクソー・リッジ』の戦場描写は残酷すぎるのか?

2016年11月の『ハクソー・リッジ』全米公開後は、一時的にせよ、一部の日本人映画評論家によって戦場の残酷な描写ばかりが話題になってしまったのは残念でした。まず、あらすじをご覧いただければお分かりいただけるように、『ハクソー・リッジ』は単なる戦争アクション映画ではありません。戦場は主人公が闘いを繰り広げるステージの一つに過ぎないのです。

確かに『ハクソー・リッジ』には、残酷で生々しい戦場描写のシーンがあります。ただ、同様な戦場シーンは『ハクソー・リッジ』に限られたものではなく、スピルバーグの『プライベート・ライアン』以降、ハリウッドで制作された戦場での戦闘シーンを描いたほぼ全ての作品に共通しています。

映画を見た後の個人的な感想ですが、『プライベート・ライアン』『ブラックホーク・ダウン』『硫黄島からの手紙』あるいは『フューリー』などの映画と比べて、『ハクソー・リッジ』の戦闘シーンが際立って残酷だとは思いません。

そもそも残酷な描写は、その背後にあるテーマ抜きには批評できないはずです。スプラッター・ホラーの『13日の金曜日』と歴史ドラマの『パッション』の残酷シーンを比べても意味がないのと同じです。スピルバーグは14歳の時に40分の戦争映画を制作していますが、爆破シーンの砂ぼこりを前に兵士が倒れるだけでは戦争の悲惨さが伝わらないことを理解したと言われています。

リアルな戦場描写は、人間が瞬時に「物体」に変化するというむごたらしさを表現する手法の一つであって、特殊効果撮影の技術的進歩によって低予算化とリアリズムを同時に追及することを可能にした確立された手法です。

それらの手法が使われる理由は、シーン毎のテーマにマッチするからであって、メル・ギブソン本人のパーソナリティとは一切関係が無いと思います。この点を面白おかしく批評する日本の映画評論家は、映画の興行的側面を理解したうえで解説しているのでしょうか?肉体的な痛みを表現することで反戦を訴えるにしても、それを強調しすぎては観客は離れていきます。

『ハクソー・リッジ』の日本兵の描き方とメル・ギブソンのインタビュー

メル・ギブソンは、日本人に対して同情もしていなければ、ことさらに悪魔化するような描き方もしていません。アメリカ海軍協会が行ったインタビューで、メル・ギブソン本人がこう答えています。

インタビューアー「この映画は日本を敵として描いていますが、日本に対して同情的ではありません。日本の観客に映画がどのように受け止められると思いますか」
メル・ギブソン「映画を見てもらえば直ぐにわかってもらえると思いますが、この映画の主人公はどちらかの陣営ではなくて、一人の平和主義者なんです。実際に、彼は自軍の兵士だろうが日本人兵士だろうが、差別していません。彼は戦争という概念の中で陣営を超越した存在なのです。」

沖縄戦で日本軍が見せた激しい抵抗によってアメリカ政府が原爆投下を決断したという学説や政治的なテーマにも一切触れていませんし、民間人が多数犠牲になったことにも触れていません。一方、日米の兵器(ボルトアクション式ライフルと半自動小銃)の差や、劣勢に立たされた日本軍の戦術などは史実に忠実に描かれていたと思います。

日本兵が敵を出し抜こうとするシーン、事実かどうかはともかく衛生兵を狙い撃ちするという日本側の戦術に言及するシーン(描写は無し)がありますが、それは味方の死体を盾にして突撃するアメリカ兵のシーンと同様、死を前にした人間の性(さが)を描いたものであって、ことさらに日本兵の狡猾さ、残酷さを強調するようなものではありませんでした。

メル・ギブソンはプロの映画監督として、主題との関係性が希薄な要素を強調して観客を混乱させたり、もともと低予算な撮影費用を無駄にするような愚かな行為には関心が無かったと思います。そもそも10年振りの監督業でリスクは犯せなかったでしょう。

『ハクソー・リッジ』はポリティカル・スリラーやアクション・スリラー、ましてや単純な戦争アクションではなく、信仰心の力をテーマにしたドラマなのです。

『ハクソー・リッジ』はヒットしたのか?

3月8日時点の興行収入は、北米で約77億円、その他の国で約124億円、合計201億円です。『ハクソー・リッジ』の予算は46億円ですから、これは大ヒットと言って良い数字でしょう。もちろん「その他の国」の興行収入には、市場規模で世界4位(全世界の映画市場で約4.5%)に位置する日本の興行収入は含まれていません。

ちなみ、2016年11月から公開されている中国の興行収入は72億円。全世界の興行収入の36%を稼ぎ出しています。中国でヒットした理由については、別の機会に触れてみたいと思います。

『ハクソー・リッジ』の日本公開を実現した配給会社キノフィルムズとは?

最後に『ハクソー・リッジ』の日本のディストリビューターとなったキノフィルムズに触れておきたいと思います。ハウスメーカー・木下工務店でおなじみ㈱木下グループホールディングスの傘下にある映画製作・配給会社です。最近の配給作品を見ると『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』『パトリオット・デイ』など比較的エンターテイメント色が薄い歴史モノ、文芸モノ、言葉を変えれば爆発的ヒットが期待できない作品が多いようです。

キノフィルムズが『ハクソー・リッジ』の2017年6月24日の日本公開を発表したのは、第73回ヴェネツィア国際映画祭で2016年9月4日に『ハクソー・リッジ』が初公開されてから実に5か月後の2月20日でした。

ただでさえマーケティングが難しい歴史もの、太平洋戦争ものである『ハクソー・リッジ』の舞台は、政治的に扱いが難しい沖縄です。しかも昨年の全米公開後にはテーマと直接関係ない残酷シーンばかりが話題にされたとなると、アカデミー賞のノミネートが発表されるまで買い付けに慎重になったのも理解できます。日本の洋画ファンは、キノフィルムズの英断に感謝すべきでしょう。

まとめ

次回は、『ハクソー・リッジ』のテーマである信仰心の力に加えて、中国市場でのヒットの理由について触れてみたいと思います。

『ハクソー・リッジ』に関する5つの疑問「中国で大ヒットした理由は?」「なぜオーストラリアとの合作になったのか?」
『ハクソー・リッジ』は、宗教上の理由から銃を携帯しないまま第二次世界大戦の沖縄戦に派遣され、後にアメリカ軍最高の栄誉とされる勲章を授与された...


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コメント

  1. 澤田卓 より:

    枝葉末節かもしれませんが、日本軍の指揮者(牛島中将?)の介錯者の位置が逆、切腹者の右後ろで右手で刀を振り降ろします。

  2. ハイサイ より:

    日本軍からの目線での作品も欲しい。
    地元民より