今回は2017年のワールドシリーズ真っ只中に起きた日本人を含むアジア人に対する人種差別問題について、現時点で明らかになっている騒動の顛末を整理しつつ、その原因について考えてみたいと思います。
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テレビに映し出されたダルビッシュ投手に対する人種差別
ロサンゼルス・ドジャース(ナショナル・リーグ)とヒューストン・アストロズ(アメリカン・リーグ)のマッチ・アップとなった2017年のワールドシリーズ。共に1勝をあげて臨んだ第3戦は、ドジャース(ナ・リーグ)のダルビッシュ有投手が先発しました。
残念ながら、ダルビッシュ投手は1回2/3を6安打4失点で降板、チームもアストロズに5対3で敗れ、ワールドシリーズ初登板となった試合で負け投手となってしまいました。
この試合でダルビッシュ攻略の口火を切ったのは、2回裏に元DeNAの5番打者グリエル選手が放った先制の先頭打者ホームランでした。興奮状態のベンチに戻ったグリエル選手は仲間からの祝福を受けた後、ベンチに腰掛けた後であらぬ行為に及びました。その様子がこちらです。
Gurriel mocking Darvish?? pic.twitter.com/DsHz12HT3O
— You (@CoIIier) 2017年10月28日
つり目を真似る仕草は、アジア人に対する典型的な差別を表す不適切な行為として、アメリカでも広く認識されています。掲示板Redditでも早速この話題が取り上げられ、グリエル選手を非難する数多くのコメントのほかに、日本、韓国、台湾を中心にアジア・マーケットを重視するMLBが、グリエル選手に何らかの制裁を加えることは避けられないだろう、というコメントも目立ちました。
(ソース:https://www.reddit.com/)
グリエル選手のDeNA入団の経緯と日本での成績
これまでのアメリカでの報道を見ると、グリエル選手が日本のプロ野球でプレーした経験があることに触れたものが目立ちます。おそらくその背景には、日本人やアジア人に対して無知であったわけでもないのに、グリエル選手はどうしてあのような愚かな行為に及んだのか、という驚きがあるからでしょう。
ここでグリエル選手の日本とのかかわりについて触れておきます。
ユリエスキ・グリエル・カスティーヨ(Yulieski Gourriel Castillo , 1984年6月9日 – )は、キューバ共和国サンクティ・スピリトゥス州サンクティ・スピリトゥス出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。現在はMLB・ヒューストン・アストロズに所属。MLBでの登録名はユリ・グリエル(Yuli Gurriel)
(ソース:ウィキペディア)
2014年にNPBの横浜DeNAベイスターズに入団したキューバ人のグリエル選手は、日本球界へ挑戦する理由を聞かれ「キューバで長年プレーを続けているうちに、相手投手の配球を読むことの難しさが薄れてきたこと」に触れたうえで「横浜DeNAを初めてのクライマックスシリーズ進出に必ず導きます。信じて下さい」と応えています。
2014年は62試合出場し、打率.305、11本塁打、30打点という成績でした。同じくDeNAと契約した弟のルルデス・ジュニアと共に2015年の活躍が期待されたものの、兄弟そろってけがの治療のために来日が遅れることが発表されたました。その後、DeNAはキューバ政府を通じて兄弟の再来日を働きかけたものの実現せず、契約違反状態のままDeNA退団が決まったのです。
その後、兄弟は2016年2月に中米の国別対抗野球カリビアンシリーズにキューバ代表メンバーとして出場します。キューバは準決勝で敗退しますが、グリエル選手は、弟のルルデス・ジュニアと共に開催国のドミニカ共和国内からハイチへ亡命し、その後に夢であったメジャー挑戦を果たしたのです。(ソース:ウィキペディア)
これらの限られた情報だけを頼りに、グリエル選手と日本の関係がどこまで深まったのか判断することはできません。ただ、契約違反状態のままDeNAを退団したグリエル選手にとって日本での滞在が、あまり誇らしいものではなかったのは確かだと言えそうです。
ダルビッシュ投手のコメント
試合後の記者会見でグリエル選手の行為についてコメントを求められたダルビッシュ投手は以下のように答えています。
「もちろん、それは見ましたけれども、自分としては、あまり気にしていないというか
やっぱり、アストロズにもアジアのファンもいると思いますし、世界中にアジアの人もいっぱいいますし、やっぱり、そういう人たちに対して、やっぱり人間的にもそうですしアストロズの球団としても品格が落ちてしまうんじゃないかなと思います」
アメリカのマスメディアの報道
ロサンゼルスタイムスのアンディ・マックグロウ記者は、ダルビッシュ投手がグリエル選手の行為はアジア人に対してに対て “disrespectful”「敬意を欠く」行為だとコメントした、と報じています。これはドジャースの通訳が「品格が落ちてしまう」というダルビッシュ投手のコメントを「敬意を欠く」と訳したからでしょう。(この通訳によって、多少、政治的な意味合いが付加されてしまった気がします。)
なおマックグロウ記者は、ダルビッシュ投手がグリエル選手に対し”彼は過ちを犯したがそこから学ぶだろう。我々はみんな人間なんだ”と述べたと報じています。これが事実なら、グリエル選手をおもんばかったダルビッシュ投手の大人の対応として多くの人たちの尊敬を集めるはずです。
Darvish on Gurriel: “He made a mistake. He’ll learn from it. We’re all human beings.”
— Andy McCullough (@McCulloughTimes) 2017年10月28日
なお、今後のMLBの対応について、ニューヨークタイムズのタイラー・ケプナー記者はMLB関係者の話として「MLBはグリエル選手と彼の行為に関して面談し、なんらかの懲戒を検討するだろう」とツィートしています。
I’ve been told MLB will interview Gurriel about the dugout gesture toward Darvish and consider discipline.
— Tyler Kepner (@TylerKepner) 2017年10月28日
問題となった人種差別的なゼスチャーについて
グリエル選手が行ったアジア人に対する人種差別的なゼスチャーは、この特定のゼスチャーに対する問題意識が低い非アジア系の人々によって度々行われ、メディアを通じて何度も批判されてきました。
最近の例を一つだけ挙げると、日本で開催される2018年バレーボール女子世界選手権に出場を決めたセルビアの女子バレーボールチームが行ったこちらのゼスチャーがあげられます。
Serbian Women’s Volleyball Team celebrates win with an infuriatingly racist photohttps://t.co/wjmczKiR9Z pic.twitter.com/GhtIrDG0tW
— Barstool Sports (@barstoolsports) 2017年6月1日
彼女たちのこうした行為に傷ついた人々がいたのは事実ですし、彼女たちもそれを謝罪しました。
ただ、ヨーロッパ予選を勝ち抜き世界選手権が開催される日本行を決めたバレーボール選手たちが、日本人を含むアジア人を蔑視するゼスチャーと見なされている行為を、それと知ったうえで意図的に取ろうとするでしょうか?
まとめ
グリエル選手がMLBから懲戒処分を受けるのは確実でしょう。MLBファン、とりわけアストロズファンにとっては、1人の選手の軽率な行為によって、一生の思い出となる一大イベントに水を差される結果となってしまいました。
同時に、あらためて分かったことは、あの目を吊り上げるゼスチャーが差別的な意味を持つという事実を知らない人々が、世界にはまだまだ大勢いるという事実です。
アメリカでグリエル選手に日本でのプレー経験があったことが驚きを持って報じられているのは、大半のアメリカ人は、彼の愚かな行為の背景には差別問題に対する無知があったのではないかと考えたからだと思います。
それにしても、同様なニュースが再三繰り返されているにも関わらず、アジア人を真似るゼスチャーが人種差別で不適切なものだという認識が世界に広まらないのはなぜでしょうか?
まず考えられるのが、非アジア系の人々が、アジア人、厳密にはモンゴロイドに特徴的なつり目を馬鹿にする対象として考えているとは限らない、という説です。欧米で活躍するアジア系モデルを見ると、その可能性も十分あるように思えます。
いまひとつの理由として考えられるのが、このゼスチャーそのものが誰でも簡単に真似が出来て、見た目にも面白おかしいから、という説です。一見、つり目を美の対象と考える人達の存在と矛盾するように思えますが、元々つり目でない人がつり目のふりをした時の顔は、単純に面白い、ということです。
この面白可笑しいゼスチャーで傷つく人々が存在するという事実が世界中の人々に認識されない限り、同様なニュースは今後も続くことでしょう。